ある視点部門オリジナリティ賞受賞作
作品の概要
「LAMB/ラム」は、2021年のアイスランドの映画で、日本でも2022年に公開され、多くのメディアで取り上げられた話題作です。
アイスランドの霧に包まれた山間で暮らす羊飼いの夫婦が、生まれてきた羊アダとともに暮らす物語です。
そうやって聞くと牧歌的でのんびりとした印象を受けますが、非常に強烈なメッセージを含んだ作品で、カンヌ国際映画祭でも、過去稀にみる問題作だと評価されることとなりました。
カンヌ国際映画祭のある視点部門と言えば、革新的で賛否分かれる作品が受賞することが多いですが、この作品も例によって、賛否分かれる作品です。
あいにく日本ではあまり評価が高くないですが、個人的には非常に面白い作品だと思っています。
ノオミ・ラパスの存在感
作品自体の解釈や賛否に関しては後ほど考察していきますが、それを差し置いても、主人公マリアを演じるノオミ・ラパスの存在感は一見の価値があります。
ノオミ・ラパスと言えば、ミレニアムシリーズの主人公の一人として知られていますが、今回の作品では、製作総指揮も担当しており、その才能には驚かされます。
羊アダを愛する心と、他者を寄せ付けようとしない残忍さを見事に表現しており、全体的に緊迫感のある作品像を作り上げています。
考察
注意!ここから一部ネタバレを含みます!
父親について
さて、本作の考察についてですが、日本で一般的に語られているところによれば、本作のテーマは、「人間のエゴイズム」です。
最後に獣人の魔物が出てきて、同じく獣人として生まれたアダを連れていきますが、アダの父親はその魔物という説によるものです。
この理解によれば、アダは魔物の子であり、それを「奇跡」ととらえ、自分勝手な解釈をするイングヴァルとマリアは、理解の浅い滑稽な存在です。
災厄を奇跡ととらえ滑稽に生きる人たちというテーマは、過去から存在するものではあるものの、それをヨーロッパ風の解釈で再構成し、美しい映像美で表現しているところにこの映画の魅力があるという理解となります。
ただ、この説だと、アダの母親である羊を殺したマリアに対する罰が与えられておらず、本当に関係ない、勘違いをしただけのイングヴァルだけが犠牲になるので、少し理不尽さが残ります。
売春宿の物語?
そこで、個人的に推したい解釈は、アダの父親がイングヴァルであるという説です。
この説によれば、この物語は、羊という自分たちの商品に手を出し、禁忌を犯したイングヴァルの罪と、それに目をふさぎ、アダを通して亡くした娘への愛情を取り戻すマリアの愛の物語という解釈となります。
前半、イングヴァルは獣人として生まれたアダを受け入れることができず、頭を抱えますが、それは自らの不貞の罪によるものだと考えれば、納得がいきます。
最後に出てくる魔物は、同じような境遇で生まれた「禁忌」であり、罪を犯したイングヴァルへ制裁を加えるために現れます。
羊と人間は生きる世界が違い、本来交わるべきではありません。
また、交わってしまったことでできた歪みについて、妻が逆に喜びに感じていることを、イングヴァルは利用します。
最後に二つの罪を洗い流すように、イングヴァルは命を落とします。
これもまた、売春宿などを舞台にかねてから描かれてきたお話ではありますが、羊飼いにこれを置き換えて再構築することに、この映画の魅力があるということになります。
奇妙な弟の存在
いずれの説をとるにせよ、一点疑問なのは弟の存在です。
途中で現われ、アダを受け入れられずに茶化すものの、最終的にはアダと仲良くなり、アダを受け入れます。
アダの父親に関して、魔物とする説によれば、弟はそのことにいち早く気づき、アダを除去しようとする心と、兄夫婦の愛の間に揺れる部外者という解釈になります。
逆に、イングヴァルとする説によれば、弟は途中でそのことに気づき、血のつながったアダへ愛情を抱きつつ、そんな生活からマリアを救おうとする存在となります。
つまり、途中弟のマリアへの誘惑は、イングヴァルからマリアを救おうとする行動だということです。
マリアの促しにより、二人の元を去ることとなったとき、妙に聞き分けが良いのは、マリアの促しが救いへの拒絶だからと考えれば、これもまた納得感があるように思います。
答えはない?
このように、個人的には、アダの父親をイングヴァルとする説の方が全体的に納得感があるように思いますが、製作側は答えをあえて持たなかったのかもしれません。
解釈にあえて揺らぎを持たせることにより、視聴者に考えさせることを目的としているとすると、物語の展開に非常に納得感があります。
日本では、難解な映画ほど、解釈を求めがちですが、欧米では「考えさせる映画」に非常に重点的な価値が置かれることが多いです。
あえて解釈は抜きにして、様々な視点で楽しむのも、この映画を面白くするコツかもしれません。
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