こんにちは。ヒトツメです。
今日は、イ・ビョンホン主演で、第93回アカデミー賞国際長編映画賞の韓国代表作にも選出された、「KCIA 南山の部長たち」のレビューです。
この映画は、以前レビューした「タクシー運転手~約束は海を越えて~」の前年である1979年が舞台となっています。いずれも当時の世相を非常に見事に表現しており、両方を見ることで、たった40年前に隣国で起きた多くの出来事の一部を垣間見ることが出来ます。
朴正煕政権の終焉と続く軍事政権の足音
映画の内容はというと、朴正煕元大統領がモデルとなっているパク大統領が、側近であるキム・ギュピョンに暗殺される直前の40日間を描いたものとなっています。イ・ビョンホンは、暗殺を実行した、韓国中央情報部長(以下、KCIA)キム・ギュピョン(KCIA8代目部長・金載圭がモデル)を演じており、40日間の激動がテンポよく描かれています。
朴正煕政権は、実に16年もの間、韓国大統領を務めた人物で、朴正煕政権を含む1960年初頭からの30年間は、韓国が高度経済成長期を迎え、一気に世界最貧国から駆け上がっていった時代でした。一方で、軍事独裁政権であるとの見方も強く、現在の若い層を中心に、いまの韓国ではあまり人気がありません。
どちらかというとこの映画は、長い独裁政権の中で生まれた歪みと、それを正そうとするキム部長の対比で描かれており、おそらくモデルの金載圭よりもかなり清廉潔白な人物として描かれています。そういった物語ならではの脚色はあるものの、一つ一つの心情描写が丁寧且つ的確で、悪い方向へと政権が転がり落ちていく様と、それを正そうとしながらもうまくいかないキム部長の苦悩が絶妙に描かれています。
また、実際の歴史においても、朴正煕大統領が暗殺された後、韓国では長く軍事政権が続き、成長しつつも市民にとっては苦しい時代が続いたといわれていますが、この映画の終幕では、その原因となる足音が聞こえてくるような描写がなされており、「そうだったのか」と思わせる仕掛けも用意されています。
具体的に歴史上の事実だけネタバレにならない程度に記載すると、朴正煕政権後半の「悪い部分」が、側近の一人だった全斗煥元大統領によって引き継がれ、すぐ後の光州事件や長く続く圧政の原因の一つになったと考えられています。
イ・ビョンホンの魅力
映画の話に話題を戻すと、何と言っても、この映画の見どころは、イ・ビョンホン演じるキム部長の丁寧な心理描写です。長らくともに歩んできたパク大統領を信じたい一方で、身勝手で暴力的になり、強硬な我が道に転がり落ちていくパク大統領に対する憎悪が増していく苦悩の表情が、何とも言えず秀逸です。
かつては韓流ドラマの四天王といわれ、アイドル的な人気を博し、後にアクション俳優の方面に転向し、ハリウッドで一定の成功を収めた韓国を代表する俳優の、アラフィフでの本気の演技を見ることが出来ます。
脇を固める俳優も、目立った存在感のあるわけではありませんが、優れた演技力を発揮し、複雑な人間関係にありながらも、分かりやすいキャラクターをスクリーンに映し出しており、テンポよく進みながらも観客を置いてけぼりにさせずにしっかりと心を鷲掴みしてくれています。
さいごに
同時代の光州事件を描いた「タクシー運転手~約束は海を越えて~」では、今と昔の対比と、その融合が描かれており、人間臭さが見事に描かれていました。アカデミー賞作品賞を受賞した「パラサイト」も、一般市民の人間関係を細かく描きながら、時代や世相をうまく反映した映画となっています。
韓国映画というとこれら二つの作品のようなイメージが強いですが、「KCIA 南山の部長たち」では、シリアスな政治ドラマと、その中で渦巻く官僚的な心理模様が描かれており、古き良きアメリカの政治ドラマのような重厚さがあります。
あの頃イ・ビョンホンに熱狂した方も、そうでない方も、是非見ていただきたい映画です。
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