地政学という学問はない?
地政学の成り立ち
ここ最近、「地政学」という名の付く書籍は非常に増えてきていますが、本書に書いてあることで、一番の衝撃は、「地政学という学問はない」ということです。
歴史的に見ても、地理学の中で政治学を論じることや、国際政治学の中で地理的な要素が含まれることがあるとしても、地政学という確立した学術分野は存在しません。
本書によれば、イギリスのマッキンダーが主張した、ランド・パワーとシー・パワーという対立構造の議論を、ドイツのハウスホーファーが引用し、その考え方を批判したことが地政学の始まりだとされています。
マッキンダーというと、一般には地政学の祖と言われていますが、決してそうではなく、また、ハウスホーファーも、体系的に地政学という学問を確立するには至らなかったとされています。
マッキンダーの議論
マッキンダーによれば、国家間対立は、海洋に出て海上貿易にチャンスを求める大陸国家と、それを抑え込もうとする海洋国家の対立によって生まれるとされています。
例えば第1次世界大戦を例に見れば、ロシアが海を求めて半島に繰り出し、イギリスがそれを止めるために海上力を用いて対抗した、という理解になります。
これを本書では、「英米系地政学」ととらえています。
ハウスホーファーの議論
これに対して、マッキンダーの理論を批判したハウスホーファーは、国家を一つの有機体とみなし、各勢力圏において国家がその力を強くしていこうという動きによって、国家間対立が起きると主張します。
第1次世界大戦でアメリカが独自路線を突き進み、自分たちの勢力圏を維持しようとしたことは、これによって説明可能ということです。
勢力圏と勢力圏の境目においても、同様に紛争が起きると考えられます。
この考え方を、「大陸系地政学」ととらえています。
複合的視点の重要性
どちらでも説明可能だからこそ複雑
本書の最大の特徴は、これらの二つの議論というわかりやすい対立軸を用いて、現代にいたるまでの戦争の原因や展開を、複合的に把握していることです。
どちらの理論が優れているといった立場はとらず、戦争を説明するときに両方の立場からの説明を試みようとしています。
ウクライナ問題や中国の一路一帯も、どちらかの立場から明確に説明できるものではなく、複合的な視野によってこれを説明しようとしている、ということです。
かなり大雑把に言えば、「ないものねだりで紛争を仕掛ける国家とそれを止める国家の対立」という英米系地政学の見方と、「自分たちの政治力が及ぶ範囲を広げようとする大国同士の対立」という大陸系地政学の見方と、どちらの視点もうまく取り入れて説明している点で、今までにない視点を得ることができるということです。
仕事でも役に立つ?
このような理解は、仕事をするうえでも非常にわかりやすい視点です。
社内での紛争は、時に生産性を下げ、あまりいいことはもたらしませんが、自分にないものを持っていたり、自分と異なる人とはついつい対立してしまうものです。
その対立の根源が、上記のような「ないものねだり」なのか、「単なる勢力圏争い」なのか、見極めることで対立を回避しながら行動することができるようになります。
対立構造の原因を、単眼的な「地政学」によって把握しようとするのではなく、複合的な視点を持って様々な解決策を用意できるようにすることで、問題解決の可能性を広く持つことができます。
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